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 土蜘蛛族。それは日本に古来から存在していた蜘蛛の来訪者達。
葛城山。それは彼らの拠点であり、聖地としていた場所。
土蜘蛛達は女王が産む卵から孵化し、蜘蛛童と呼ばれる巨大な蜘蛛として生まれ、時を経て土蜘蛛、又は鋏角衆へと進化する。
基本的に、土蜘蛛が最も高位の存在であり、鋏角衆は「出来損ない」と虐げられる。又、土蜘蛛に仕える人間達を土蜘蛛の巫女と呼んだ。

「来た…蜘蛛童が進化するぞ!」
葛城山で孵化した蜘蛛童。【彼女】は鋏角衆に育てられ、遂に進化の時を迎えた。その蜘蛛童の背中の紋様は、赤い色。「爆」と呼ばれる蜘蛛童の最終形態だ。今まで育て上げてきた鋏角衆は仲間の鋏角衆と共にその誕生の瞬間を見守る。

パキ。ピキピキ…

蜘蛛童・爆の殻を突き破り、鈍い音と共に誕生したのは幼い少女。
感じられる確かな気魄。爆の赤い紋様と同じように、炎のような赤い目が印象的だった。その目はこの上無く虚ろな物で、何も見えていない様にも見えた。
「…土蜘蛛だ…やったぞ、土蜘蛛様だ!」
力の強い土蜘蛛に進化する者はそれだけで他の土蜘蛛族に崇拝される。歓喜の声にも反応する事なく、少女自身は只彼らをその様子を虚ろな目で見ていた。

 それから数日が経ち、虚ろだった瞳にも強い光が宿り始めた。
土蜘蛛に伝わる武器である赤手も馴染むようになった。
好奇心旺盛な性格だった彼女――揚羽と呼ばれるようになった少女は
進化してからずっと、屋敷にある本を読み続けていた。
「又本読んでんのか~?ちっとは外に出ようぜー」
無表情に本を読んでいた揚羽に土蜘蛛の少年が声をかける。
土蜘蛛族は子孫を成長させる為に人間を襲う必要があった。
その為には教育係となる鋏角衆や土蜘蛛もそれなりに強くなる必要があるのだ。だから彼らは戦闘訓練も怠らない。それは彼女も同じだった。
「…只の暇潰しだよ」
溜息をついてそう呟き、読んでいた本を元の場所に戻して立ち上がる。

戦闘訓練は、嫌いだ。生まれてから、自分に戦闘能力が他の土蜘蛛と比べてアンバランスだったからだ。…いや、寧ろバランスがとれすぎていて特筆されるべき能力が無かったのだ。
…それに加え、普通は土蜘蛛族が特化しているべき能力がほぼ皆無に等しかったのが何よりも苦痛だった。他の奴にはできるのに、自分にはできない。
「今日、霊感の訓練だってさ」
軽々しいその言葉にぞくりとした寒気を感じる。
霊感と変な言い方しているが…まあ銀誓館学園では【神秘】の能力値だと思えば良いだろう。
自分には他の土蜘蛛と比べて【それ】が確実に欠落していた。
霊感がある程、蜘蛛の糸の扱いや癒しの力が強くなる。
初めは、そこまで気にしていなかった。いや、このまま気にせずにいる事もできただろう。陰湿な、差別と虐めさえなければ…

 「何故こんな簡単な事ができない!?この能無しが!」
屋敷の地下に響き渡る声。それを只黙って聞いていた。
声の他にあったのは、微かな自分の泣く声だけだっただろうか。
「貴様、それでも土蜘蛛か!」
飛斬帽が飛んできて、自分の肩と頬を掠める。
びしゃり。血が微量飛び散ったのが良く判った。自分が生まれた、あの時と同じ虚ろな目から涙を流しながらじっとしていた。…自分には反論する勇気が無かったから。
「ごめんなさいッ…ごめんなさい…!」
その鋏角衆は不機嫌なまま部屋を出て行った。
…あの時から、自分には悪い癖があった。

一つ、自分の悪い所を改善しようとしない所。
二つ、失敗を全て背負いきれもしないくせにしようとする所。

 その後も、土蜘蛛達からも差別を受け始めた。
霊感が無いのは変えようの無い事実だ。一度生まれ持った力は基本的に変わらない。…今はジョブチェンジという物があるのだが、土蜘蛛としての力を受け継ぎ続けるというのなら無理だと判るだろう。
「貴方が土蜘蛛なら、どうして私は土蜘蛛になれなかったのかしら?何よりも深い謎ですわ」
「お前が一緒だと気が楽だよ、だって大体怒られるのお前なんだもん」
そんな声ばかりが耳に入って…だから、その時から自分は他人に心を開くのをやめた。信じれば、いつか拒絶されて遠ざけられると思ったから。
調べると、自分は土蜘蛛として進化する為のボーダーラインをギリギリで超えていたのだという。一歩間違えれば、鋏角衆へと進化していたという事だ。正直、そっちの方が気が楽だったかもしれない。

…鋏角衆なら、最初から出来損ないと言われるのだから。

 しかし、ある日自分にも、相手にも信じられない出来事が起こった。
「貴様……いい加減にしろよ!」
同じように、鋏角衆から怒鳴られていた時。いつもとは違う自分が其処に居た。いつもは、虚ろな目をしている筈なのに。その時の目は、何やら……嫉妬と憎悪に満ちた物になっていた。
これは、まごうこと無き今まで溜め込んだ【ストレス】だった。
もし黒燐蟲使いであるなら、即座に【呪いの魔眼】が発動しそうな強い目で鋏角衆を睨みつける。その瞳に相手が後ずさるのが判る。
「な、何だよ……何か文句でもある…の…」
自分の影から伸びる、黒い腕。自分の意志ではない。只、自分の感情に反応して伸びる影。
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ、」
溜め込んでいた物を吐き出すように喋り続け、腕も又その言葉に反応するように速く伸びていく。
「黙れぇぇええッ!!」

グシャリ。

叫んだ、その言葉を具現化したかのように、黒い腕が鋏角衆を引き裂いた。
その事件は屋敷の地下での事だったので地上の者達にも聞こえたようで、一部の土蜘蛛族が走ってくる。
だが、その時の皆はいつもとは反対に、恐れに満ちた様子だった。私自身も又、自分に恐れを抱いていたに違いない。
「……何、やってんの……?これ、貴方がやったの……?」
細々と喋り出したのは、自分を虐げた鋏角衆の1人だった。恐がっていた。近付きたくない、そう言っているかのようだった。血と、黒で満ちた其処には少々沈黙が訪れた。
沈黙を破ったのは、彼女自身の声。

「いやぁああぁあぁあああっ!!」

方法は何であれ、これで霊感が欠落していた彼女には、代わりに魔力や気力は宿っていた事が明らかにされた。

 その黒い腕の名は、ダークハンド。

 彼女に付けられた二つ名は、【邪なる見えざる手】……。



 時が経ち、土蜘蛛達は【封印の眠り】につく事になった。

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